【大好き】第6話 大好きよりももっと大好き
from 大好きよりももっと大好き
previous 【大好き】第5話 新しい世界
code:第6話
土曜日、公園の噴水の前、約束の時間。早坂はゆったりしたシルエットのパーカーに、筋肉質な長い脚が引き立つピッタリしたジーンズを履いて、かわいらしいキャスケットを被って待っていた。
「準さーん!」
藤堂を見つけると、嬉しそうにブンブンと手を振る。まるで人懐こい大型犬だ。
藤堂は早坂の姿を見て、思わず息を飲んだ。普段の作業着姿とは違う休日の装いが、とても魅力的だった。
藤堂も休日らしく、カジュアルなニットとジャケット姿だった。
「真、その帽子とても似合ってるよ」
藤堂の言葉を聞いて、早坂はくすぐったそうに笑った。太陽の下で見る早坂の笑顔は、いつにも増して輝いていた。
「たい焼き屋さんは向こうです、さあ、人が多いですから僕の手を離さないようにしてくださいね!」
そう言って早坂は藤堂の手を優しく握った。藤堂をエスコートできることが嬉しいのだ。
「真の手、温かいね。さあ、案内してくれる? あなたの大好きなたい焼き、私もとても楽しみなんだ」
人込みの中、早坂の大きな背中を頼りに歩きながら、藤堂は心地よい幸福感に包まれていた。
「たい焼き屋さんまでの道のりも、真と一緒なら特別な思い出になりそうだね」
藤堂は早坂の手を、優しく、強く握り返した。隣を歩く早坂が嬉しそうに藤堂の顔を見て、いつものように人懐こい笑みを浮かべた。
それから早坂は、石畳の白いとこだけを選んで歩き始めた。まるで小さな子供の遊びのように。
「今日は白いところだけを歩いていきましょうね~。そうすることでいいことが起きますよ~」
「そうなんだ。じゃあ私も真と一緒に白い石だけを選んで歩こうかな」
藤堂は早坂の無邪気な遊び心に、心が温かく締め付けられた。
「でも……」
早坂の手をぎゅっと握りながら、藤堂は優しく微笑む。
「私にはもう十分いいことが起きているよ。真に出会えて、こうして一緒に歩けることが、最高の幸せだから」
早坂を真似て、藤堂も慎重に白い石を選びながら歩く。
「ほら真、あそこに並んでいる人たちが見えるよ。あれがたい焼き屋さんかな?」
藤堂が指さす先に、数人の客が並んでいる小さな店があった。
「そうです!あれがたい焼き屋さん!」
早坂は藤堂の手を引いて、たい焼き屋の列に並んだ。待っている間も目をキラキラさせて列の前のほうを見ていた。藤堂はそんな早坂に、柔らかなまなざしを向けていた。
それから二人は早坂おすすめのあんバターのたい焼きを一つずつ買って、ベンチに座って食べた。
「すぐ食べないと、バターが溶けて大変なことになっちゃうんです!」
慌てた様子で早坂が言うと、藤堂は楽しそうに笑った。
「それは大変だ。すぐに食べよう」
藤堂も早坂に促されて、たい焼きを頬張る。
「おいしいですか? 準さん。僕、このたい焼きが大好きなんです! 唐揚げ弁当も、チキン南蛮弁当も、プリンも大好き! でも、準さんのことはもっと大好き! 準さん、大好きよりももっと大好きです!」
たい焼きを食べながら、早坂はいつものように、幼子のように無邪気な笑顔で言った。
藤堂は早坂の無邪気な愛の告白に、胸が熱くなるのを感じた。
「真……。私も、真のその純粋な気持ちが大好きだよ」
そっと、早坂の頬に付いたあんこを親指で拭う。藤堂の瞳は優しく、早坂だけをしっかりと見つめていた。
「ねぇ、真。私たちの出会いは、偶然じゃなかったんだと思う。トイレで出会って、お弁当を一緒に食べて、そして今こうしてたい焼きを食べている。全部が必然だったんだね」
藤堂は早坂の手を取り、静かに続けた。
「これからも、もっともっと真の好きなものを教えてほしい。そして……私も、真のことをもっと好きになっていきたいんだ。それでいい?」
「はい、準さん」
早坂も藤堂のことを見つめ返し、綺麗な歯を見せて満面の笑みを浮かべた。
それから二人は手をつないで藤堂行きつけの喫茶店に行った。今度は藤堂がエスコートする番だった。
そこはクラシックジャズが流れ、木製の椅子と机が並んだ、温かな雰囲気の古い喫茶店だった。
早坂は生まれて初めての温かいチョコレートに興奮気味だった。
「チョコレートなのに飲める!」
「そうだね、不思議だね」
無邪気な早坂を見て、藤堂も楽しそうに笑った。
ホットチョコレートを飲み干した早坂は、小さな画用紙と色鉛筆をリュックサックから取り出して、目の前に座る藤堂とホットチョコレートの絵を描いた。藤堂の絵の下には、幼いが丁寧な字で「じゅんさん とくべつな人」と書いた。
藤堂は早坂が一生懸命描く姿を優しく見守っていた。
「真、その絵……とても素敵だね。私の特別な思い出を、こうして描いてくれるなんて」
藤堂は画用紙を受け取り、大切そうに眺めた。
「『とくべつな人』……。真にとって特別な存在でいられることが、私の一番の幸せだよ」
それからそっと手を伸ばし、早坂の短いくせっ毛を優しく撫でた。早坂は気持ちよさそうに目を細めた。
「このホットチョコレートみたいに、温かくて甘い時間を、これからもずっと一緒に過ごしていこうね。そうだ……次は動物園に行かない? 真は動物は好きかな?」
藤堂が訊ねると、早坂は目をキラキラ輝かせてうなずいた。
「僕は動物が好きです! でも、恐竜がもっと好き!」
早坂は身を乗り出して、藤堂の手を両手で握った。
藤堂は早坂がいつもメッセージアプリで恐竜のスタンプを送ってくることを思い出していた。よほど好きなのだろう。
「でも、一番好きなのは準さん! 準さんに僕の宝物をあげるから、僕の家に来てください!」
早坂の突然の申し出に、藤堂は微笑んでうなずいた。指の背で、そっと早坂の頬を撫でる。
「真の宝物、是非見せてほしいな。それじゃあ、今日の帰り、家に寄ってもいい?」
「はい!」
早坂は嬉しそうに大きくうなずいた。
藤堂にとって、早坂と過ごす時間は何物にも代えがたい、温かで幸せな時間だった。それは、早坂にとっても同じだった。
next 【大好き】第7話 宝物